出店戦略(店舗開発)の要諦

これまで体系的/汎用的な検討手法が不在だった、店舗開発(特に出退店)の成功確率を高めるためのフレームワークを提示したい。

  • 少子高齢化をはじめとする社会変化、完全自動運転の実現をはじめとする技術変化などを受けて、今後店舗ビジネスを展開する企業には大きなチャレンジが求められる。
  • 店舗ビジネスを成功させるためには、「どこで戦うか?」即ち店舗開発/出店戦略を練り込むことは、言わずもがな重要である。しかし、これまで店舗開発/出店戦略の分野において、体系的/汎用的な検討手法は不在だった。
  • そこで、店舗開発(特に出退店)の成功確率を高めるために、4S分析というフレームワークの有用性を提唱したい。
    1. Supply & Demand Study:需給バランス分析
    2. Sales Simulation: 売上予測モデル分析
    3. Site Selection: 張るべきエリア分析
    4. Spatial Profiling: エリア特性分析

はじめに

日本で店舗ビジネスを展開する企業は、今後大きなチャレンジに取り組む必要が出てくる。その背景として、社会変化(少子高齢化に伴う人口減少、人材確保の難化など)、技術変化(完全自動運転の実現に伴う行動動態の変化、ドローン物流の実装など)が挙げられる。

下図に、店舗ビジネスで勝ち残っていくために、自社の取るべき方向性を練り上げる必要がある4テーマと、そこでよく使われる検討手法(フレームワーク等)をまとめた。

 

「店舗開発」を練り込むためのフレームワーク

言わずもがな、店舗ビジネスを展開する上で、「どこで戦うか」、すなわち店舗開発を練りこむことは極めて重要である。しかし、店舗開発を練りこむための体系的/汎用的な検討手法は、これまで提唱されてこなかったように思われる。

多店舗展開している企業に勤めている方は、少し自問してみて頂きたい。以下の質問に対して、上司/同僚/部下と自分は、あるいは経営/開発/運営は、同じ認識になっているだろうか?

  • 当社の出店戦略はどのようなものか?
  • 当社が店舗を持つにあたって「良い場所」はどのように定義されるか?
  • 例えばそれはどこか?

店舗開発に関する意思決定レベルを5段階で整理してみた。一般に「中小企業」と呼ばれる会社の多くはLevel.1、「大企業」と呼ばれる会社であったとしてもLevel. 2程度であることが多い。逆に言えば、店舗開発の高度化は、会社の大きな成長エンジンになりうる。

 

「4S分析」というフレームワーク

ここで、店舗開発を練りこむための検討手法として「4S分析」を提案したい。

  • Supply & Demand Study:需給バランス分析
  • Sales Simulation: 売上予測モデル分析
  • Site Selection: 張るべきエリア分析
  • Spatial Profiling: エリア特性分析

4S分析は、経営/開発/運営が共通して関心を持つテーマを切り口としており、三者いずれもが積極的に議論に参画しうる。4つの分析が完了した暁には、店舗開発(出店)の意思決定において有用な示唆を得られる。さらにこれに加えて、店舗開発戦略に関する全社的な共通言語が構築される。

Supply & Demand Study:需給バランス分析

例えば当社がカフェを展開しているとして、今後どこに出店するか検討する際に、最も一般的に行われる分析は需給バランス分析ではなかろうか。例えば「都道府県別のカフェ1店舗当たり人口」などを算出することは多いはずだ。しかし私の経験では、実務に近ければ近い方であるほど、このような指標では出店戦略は立てられないと感じるはずである。このような指標では粗すぎて実運用に耐えないのである。

「需給バランス」分析の肝は、「当社の提供価値を好む潜在顧客が多く、そのような価値提供を行う競合が少なく、人材採用やコスト観点からも当社が有利に戦えるエリアはどこか」を明らかにすることである。そのため、少なくとも以下の3つの観点は深堀するべきである。

① [最適指標] 需要/供給をどう定義するか?

② [複眼指標] 単指標でよいのか?複数指標を組み合わせるべきなのか?

③ [時系列指標] 「閾値」をどう設定するか?

この3つを丁寧に検討していくことで、経営/運営/開発までが一定納得できる(肌感覚とも一致する)結果を得られる。

Sales Simulation: 売上予測モデル分析

2024年1月現在、AI、ディープラーニング、大規模言語モデルなどの普及を背景として、売上予測モデルも再び脚光を浴びている。しかし私の知る限り、このような機械学習をベースとした売上予測モデルは、その期待値に対して思ったような成果を挙げられていない。

筆者の限られた知識に基づく理解だが、機械学習の思想を大変乱暴に言ってしまえば、「数万~数億レコード等、多くのデータを読み込むことで高い精度を実現する」方針である。しかし、1ブランドが展開する店舗は、最大でも高々数千店舗であろう。店舗売上予測は、機械学習が得意とするフィールドではないのである。

「売上予測モデル」の肝は、「ビジネス的な経験側に裏打ちされた当社の勝ちパターン理解を基軸として、機械学習ではなく統計分析アプローチに基づき、数理モデルを構築すること」である。モデル構築という文脈においては意外な言葉が並んでいるかもしれないが、実は以下の3つが重要なのである。

① [エスノグラフィ] 当社の「主たる売上要因」は何か?

② [データクラフト] 「主たる売上要因」はどのように定量指標化することが出来るか?

③ [データサイエンス] 当社にとっての「良い売上予測モデル」をどう定義するか?

Site Selection: 張るべきエリア分析

少し想像してみて頂きたい。売上予測モデルを完成し、ある物件データを入力すると、そこで期待される店舗月商が予測できるようになったとする。このモデルが使えるのは、出店判断だけだろうか?このモデルを応用すれば、日本全国の中から、当社が張るべきエリアを「逆算」することが出来るのではないか?

実際にこれは可能で、日本全国の主要な駅、商業施設、市区町村(町丁目)などを、売上予測モデルを用いて網羅的に解析すれば、当社が積極的に出店するべきエリアを特定することが出来る。しかし、売上予測モデルを構築するには少なくとも数十店舗の既存店サンプルが必要である。新規事業の場合、どのように第1号店の場所を選定するべきだろうか。また、売上予測モデルは本当にそこまで万能なのか?

「張るべきエリア分析」の肝は、実はもう少し複雑である。売上予測モデル、ビジネス論理、現実的な肌感覚の折り合いをつける行為が必要になり、実際的には以下のような検討を行う必要がある。

① [モデル解] 張るべきエリアのモデル解はどこか?

② [論理解] 売上予測モデルがない場合はどうするか?

③ [現実解] 得てして現れる”違和感”にどう対処するか?

Spatial Profiling: エリア特性分析

良い場所に出店したとして、それでその店舗の成功が確約されるわけではない。当然、MD、価格設定、プロモーションといったマーケティング施策や、各店舗においてしっかりとオペレーションを回す必要がある。

しかし、店舗開発と店舗運営が健全に協力することは意外と難しい。新規出店した店舗が好調のうちは問題がないが、不振店が出来てしまうと問題が露呈する。店舗開発は「運営力に問題がある」と考え、店舗運営は「出した場所がそもそも問題だ」と考え易い。

そもそも、「好調/不調」の定義も難しい。経営レイヤから見れば、売上/利益水準で好調/不調店舗を捉えがちだが、現場レイヤで見れば、「あの店は当然売れている/売れていない。むしろこの店は不思議と売れている/売れていない」という見方にもなる。

「エリア特性分析」の肝は、「経営/開発/運営が、共通言語を用いて協議できるようにすること」である。以下の3論点を検討することが、店舗開発(出店戦略)と各種マーケティング施策、ひいては店舗オペレーション施策を繋ぐかすがいになる。

① [帰納法] 当社が着目するべき「場の性質」をどう定義するか

② [演繹法] その「場の性質」をどのように定量的に表すか?

③ [共通言語] どのように全社的に効率的/効果的に取り組むか?

終わりに

このレポートでは、これまで体系的/汎用的な検討手法が不在だった、店舗開発(特に出退店)の成功確率を高めるための4S分析を紹介した。4S分析がカバーするテーマ、各テーマを議論する上でのよくある落とし穴、本当に重要な検討の肝などの概略は紹介することが出来た。しかし紙面の関係で、4S分析とはどのような分析検討を行うのか、その具体例を示すには至らなかった。
今後別レポートにて、4S分析を詳述していきたい。「店舗開発(出店戦略)の要諦」を明らかにするという取り組みに、関心を持って頂くきっかけになれば幸いである。

植井 陽大

プリンシパル

東京大学卒業後、野村総合研究所にて、介護、食品、医薬品業界等に対するコンサルティングを提供。海外展開支援、官公庁受託調査に従事。 その後、GCA(現Houlihan Lokey)にて、成長戦略立案、海外展開支援、ビジネスDDなどのサービスを提供。 これらの知見を活かし、2020年に当社に入社、PEファンド向けDD、出資後のVUP、及び当社新規事業の推進に従事。

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