出店余地の求め方(需給バランス分析進化論)

出店戦略を練るにあたり出店余地の把握は重要である。出店余地は需給バランスを通じて推計できるが、少なくともそこに3段階のレベル(進化の余地)がある。

  • 出店戦略を練るにあたり「(ある地域に)出店余地はどの程度あるか」という問いは重要な問いだが、これに答えるフレームワークは意外と少ない。
  • シンプルに考えると、「ある業態」の出店余地は、需給バランスから判断できる。しかし、需給バランスの見方には、少なくとも3段階の進化がある。(Level0. 単純指標 Level1. 最適指標 Level2. 複眼指標 Level3. 時系列指標)
  • また、「ある企業」の出店余地は、業態内のポジショニングに依り定まる。業界上位は「需要が多い場所に出店出来る」。業界中位以下は「需給バランス上有利な場所に出店出来る」。

はじめに

一般論として、事業戦略を練るにあたり、市場の成長性を把握することは重要である。店舗ビジネスの場合、成長性は出店余地として語られることも多い。社内的に事業(出店)目標を作る時、投資家向けにその妥当性を説明する時、年間活動に落とし込む時、それぞれで「出店余地」が意識される。しかし、私の把握する限りにおいて、出店余地を算出するための有効なフレームワークは存在しない。

例えば年間で2桁店舗以上出店する企業において社内的な目標を作る時は、店舗開発部が得ている「引合いベース」で組み立てることが多い。肌感覚で「あとこれくらいは出店余地があり、この程度刈取れる」という算盤がはじかれている。これは「実際的な」考え方ではあるが、「納得感が高いか」と言われると、必ずしもそうとは言えない。

もう少しデータドリブンな意思決定を志向する企業においては「人口当たり店舗数」などが使われる。東京都では1万人あたり5店舗だが、地方部では1万人あたり3店舗しかないため、+2店舗/1万人の余地がある、という論法である。しかし年間活動に落とし込む時、「しかしやっぱり東京都が注力エリア」とされることが多い。「感覚的に、やはり地方部より東京都の出店機会が多そう」という論理である。

この現象の根底にあるのは、「店舗ビジネスの成長性(出店余地)をどう評価するか」という問いは、多くの関係者にとって重要な問いだが、これに答える「納得感が強い」フレームワークがないからではないか。

 

需給バランス分析進化論

「需要と供給のバランスから成長性を見る」というのは、否定しにくい合理的な考え方である。その結果の納得感が低いのは、需給バランスの「指標設計」が誤っているからではないだろうか。需給バランス分析には、少なくとも3段階の進化の余地があるように思われる。

単純指標

例えば、我々が居酒屋を営んでおり、その出店余地を把握したかったとする。もっとも単純な需給バランス指標は、「人口当たり飲食店数」などではないか。国勢調査および衛生行政報告例によると、人口1000人当たり飲食店数が最も多いのは沖縄県(20.7件)、最も少ないのは埼玉県(7.3件)である。しかし、埼玉県の方が居酒屋業態の出店余地が大きい(3倍弱有利)という結論は、納得感が低い。

納得感が低い理由としては、需要/供給の定義が悪いからであろう。需要側は、沖縄県の様に観光客も多い地域において単純な人口を用いていることは不適切である。供給側も、居酒屋の出店余地を考えるにあたり飲食店の店舗数をカウントするのは、粒度が粗すぎる。

都道府県別/市区町村別で多様な人口を調べることや、特定業態に絞った店舗数を調べることは意外と難しい。データ制約が原因で、単純指標を用いた分析が多くなされているのだろう。しかし、特に多店舗展開している企業がリアルな出店戦略を練るにあたっては、やはり粒度が粗く納得感が低すぎる。

最適指標

人口には、夜間人口(そこに何人住んでいるか)、昼間人口(そこで何人働いているか)、移動人口(そこを何人が通行しているか)、と、少なくとも3種類が存在する。居酒屋業態であれば、需要は基本的には昼間人口で定義するのが良いだろう。沖縄県のような事例も考慮すれば、観光人口を考慮するのもありかもしれない。

「競合」も、飲食店ではなく居酒屋業態でカウントする方が望ましい。さらに言えば、一言で居酒屋業態と言っても、高価格帯から低価格帯まで幅広い。仮に当社が、高価格帯で店舗展開しており、会食/接待需要を狙ったものであるならば、「競合」も居酒屋業態ではなく、高価格帯飲食店数とするべきかもしれない。その場合、「需要」は一定規模以上の法人数で定めるべきかもしれない。

細かやかな指標にすればするほど、データ取得の難易度は高まる。また、「本当にその指標を見るのが正しいのか」検証する必要はある。しかし、データ取得の障壁、その指標の有効性が確認できた場合、「最適指標」を用いて需給バランス分析をする方が望ましいのは言を待たないだろう。

複眼指標

例えば「中規模以上法人数」÷「高価格帯飲食店数」で需給バランスを定めたとする。しかし、実際には「ホワイトカラー比率」「高所得世帯比率」「労働人口比率」なども、会食/接待向け居酒屋業態が出店する場所の良し悪しに関係するかもしれない。

また、店舗展開をするにあたり、実際には家賃水準、採用難易度、そのエリアの交通利便性なども考慮する必要があるだろう。その場合は「エリア家賃水準」「有効求人倍率」なども見るべきかもしれない。

複眼指標で地域を評価できれば、さらに納得感が高い分析が出来るだろう。複数の指標を組み合わせる場合、実務的には、①取得可能なデータ粒度に応じ、分析粒度(地域粒度)を合わせてあげ、②各指標のウェイトを調整し、自社店舗パフォーマンスとの相関が高く納得感もあるウェイトを見つけるなど、労力がかかる。しかし、ビジネス的にも統計的にも納得感/信頼性がある指標およびウェイトが見つかれば、それは出店余地を特定する上でパワフルな指標になる。

時系列指標

例えば「中規模以上法人数」÷「高価格帯飲食店数」が最適指標あることが確認できたとする。この指標が高いエリアであるほど会食/接待向け居酒屋業態にとって有利なのだが、それでは閾値はいくつなのだろうか?

1つの考え方として、①[1]年前/現在に着目し、②[市区町村]別に、需要÷競合店舗数を分析し、③競合店舗数が増えたか減ったかを観察する、時系列分析をするのが有効な場合がある。この様な分析を業態別に分析すると、業態の成長ステージ別に面白い傾向が観察される。

  • 普及期の業態は、「人口あたり店舗数が多ければ多いほど、ますます出店が進む」。これは、あるサービスが普及するにあたって、全国一気に進まず、都市部/近郊部/地方部に順に波及するためである。
  • 成長期の業態は、「全国、満遍なく出店が進む」。一般に浸透し、しかし成長期の業態においては当然の傾向であろう。
  • 成熟期の業態は、「人口当たり店舗数に、均衡点が生まれる」。1万人当たりxx店舗までは店舗が増えるが、これを超えると店舗の減少(事業者の撤退)が増える、という傾向が見られる。
  • (縮小)均衡期の業態は、「人口当たり店舗数が多いところから、退店が進む」。当然、出店やリロケーションもあり得るが、傾向として店舗数は純減する。

成熟期を迎えた業態は、「1万人当たりxx店舗までは店舗が増えるが、これを超えると店舗の減少(事業者の撤退)が増える、という傾向が見られる」。これは生々しくその業態の出店限界を表すのではないか。成長期の業態においても、互いにカニバリ合う周辺業態を合算して分析すると、成熟期の業態と同じ傾向を表すことが多い。

普及期、縮小均衡期の業態においてこの分析は活用しにくいが、それでも、多くの業態に対して、「どこに、どの程度出店する(或いは退店する)のが是か」に対し、一定の強い指針を与えることが出来る。

(補足)企業の競争力と出店余地

ここまでの「需給バランス」分析では「業態」の出店余地を見てきた。本論とは異なるため詳述は避けるが、「ある企業/ブランド」の出店余地は異なる。

その企業/ブランドが業態の中で競争力が高い場合、競合がいたとしても大して影響を受けない。その場合、「需給バランス」ではなく、「需要量」で出店場所を選ぶ方が理にかなっている。
一方で、その企業/ブランドが業態の中で中程度以下の競争力しか持たない場合、競合の存在は自社にとってマイナスに働く。その場合、「需給バランス」で出店場所を選ぶ方が良い。

ある企業の競争力を見るときは、「各店舗のパフォーマンス(売上)が、需要/需給バランスのどちらと相関しているか」を観察することが有効と考えている。店舗売上と周辺需要量に相関が強ければ、その企業は競争力が高く、需要が多い場所に積極的に出店出来る。得てして、出店余地(成長性)は高い。

一方、店舗売上と周辺需給バランス(人口÷同業店舗数)に相関が強ければ、その企業の競争力は平均的か、平均以下と評価できる。この場合、同社の出店余地は需給バランス上有利に限られる。得てして、出店余地(成長性)はその「業態」の出店余地による制限を受ける。

 

終わりに

本レポートでは、出店余地の求め方として、需給バランス分析進化論を提示した。また、業態全体の出店余地と、ある企業/ブランドの出店余地の、考え方の違いにも触れた。なお、紙面の関係で割愛させて頂くが、「ある企業」の出店余地は、当然その企業の活動で一定コントロールが可能である。また、ハイブランドにおいては、ブランドエクイティを守るための出店コントロールが必要になる。

この様に、実務レベルでの出店余地分析(成長性分析)、出店戦略を立案する場合、もう一段階細かなレイヤで分析/思考した方が良いかもしれない。しかし私は、本稿で紹介した概念を組み合わせることで、先ずは基礎的な、しかしある程度強力なフレームワークになると考えている。出店は(もう少し)科学できるのである。

植井 陽大

プリンシパル

東京大学卒業後、野村総合研究所にて、介護、食品、医薬品業界等に対するコンサルティングを提供。海外展開支援、官公庁受託調査に従事。 その後、GCA(現Houlihan Lokey)にて、成長戦略立案、海外展開支援、ビジネスDDなどのサービスを提供。 これらの知見を活かし、2020年に当社に入社、PEファンド向けDD、出資後のVUP、及び当社新規事業の推進に従事。

Disclaimer

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